努力を続けるより、やめる判断の方が難しかった

世の中では、

「努力を続けること」が評価されやすい。

続けている人は立派で、

やめた人は根性がない。

そんな空気が、どこにでもある。

ただ、実際にやってみて分かった。

努力を続けるより、やめる判断の方がはるかに難しい。


続けることは、実は簡単だった

努力を続けるのは、それほど難しくない。

  • 毎日少しずつやる
  • まだ足りないと言い聞かせる
  • 結果は後からついてくると信じる

こうしていれば、

「やっている自分」でいられる。

続けている限り、

失敗は確定しない。

判断を先延ばしにできる。


やめる判断には、コストがかかる

一方で、やめると決めると、

いくつものコストが発生する。

  • これまでの時間を否定する感覚
  • 周囲からどう見られるか
  • 自分の判断が間違っていた可能性

特に厄介なのは、

「もう少しやれば変わるかもしれない」

という思考だ。

これは、ほぼ必ず出てくる。


続ける理由が「不安」になった時点で危険だった

続けている間、

ある変化に気づいた。

「伸ばしたい」ではなく、

「やめるのが怖い」から続けている

この状態になると、

努力は前進ではなく、現状維持になる。

不安を理由にした継続は、

ほぼ例外なく消耗戦になる。


判断基準を、努力から切り離した

そこで、判断基準を変えた。

  • 頑張っているか ではなく
  • 合理的かどうか
  • 続けたいか ではなく
  • 続ける意味があるか

感情を判断から外すと、

見えるものが変わった。


やめた瞬間、選択肢は増えた

やめると決めた瞬間、

意外にも、気持ちは軽くなった。

  • 時間が空いた
  • 判断疲れが減った
  • 別の可能性が見えた

努力をやめたのではない。

努力の方向を変えただけだった。


継続は美徳ではない

続けること自体に、価値はない。

価値があるのは、

続けた結果、何が残るかだけだ。

結果が出ない努力を、

精神論で正当化しない。

それが、今の自分の基準になった。


この記録は、

誰かを説得するためのものではない。

将来、また同じ状況に立ったとき、

自分が判断を誤らないためのメモだ。

次に何かを始める時は、

「続けられるか」ではなく、

「やめる判断ができるか」を基準に選ぶ。

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